こころのことば

 新聞・雑誌・書籍の中、また折々の雑談の中などで、珠玉のことばと出会うことがあります。
 このページは、そうした「こころのことば」を掲載しています。これらのことばには、智慧と真理がたくみに言い当てられています。
 そして、これらは、私たちを「さとりの世界」に導いてくれる先達・善知識となってくれるのではないかと思い、集めてみました。
 いつも、こころの中で噛みしめたいことばの数々であります。

30.プロフェッショナルとは、自分はプロだとは思っていない。今のことで一生懸命になっている。それがプロというものだ。

落語家 柳屋小三治

 柳屋小三治さんは、高校卒業後、柳屋小さん師匠に弟子入りしました。高校時代に、人を笑わせたことに興味を持ったことがきっかけでした。
 小三治さんの落語家人生は、順調でした。いくつかのタイトルも獲りました。そして、真打ちに昇進し、順風満帆の道を歩んでいたある日、小さん師匠に「稽古をつけてやる」と言われました。小三治さんは、師匠の前で、落語を話しました。話しを終えた師匠は、たった一言、「おめぇの落語はおもしろくねぇな!」と言いました。
 このときから、小三治さんは、自分の落語に自信を失いました。おもしろい落語を求めて、苦闘する日々が始まりました。一時は、落語家を止めようかとも思った時機がありました。
 そして、辿り着いたのが、「笑わせようと巧まない落語」でした。そう思って、高座に上れるようになったとき、お客さんは笑うようになりました。
 小三治さんは、60歳代の後半を迎えた今でも、リューマチの薬を飲みながら、高座に上り続けています。

29.意図的なものを排除して、そこから入ると本質的なものが見える。

モデル 山口小夜子

 NHKテレビのインタビュー番組で語ったことばです。
 山口さんは、モデルとして俳優として世界から注目を集めました。東洋的な神秘的な魅力が、日本人のみならず、世界の人を魅了しました。
 このことばは、山口さんが、トップモデルとして色々な装いを表現し、俳優としても数々の表現に挑戦する中で、役柄になりきるコツのようなものを表現されたのではないかと思われます。
 しかし、至芸の人のことばは普遍性をもっています。どんなことにも当てはまる普遍的な真理を言い表しています。
 山口さんのことばを仏教に当てはめれば、「意図的なもの」とは、「はからい」ということでしょう。「計算」ということです。つまり、煩悩ということでもあります。仏教では、煩悩を離れて、虚心になってものごとにあたれば、「本質的なもの」、つまり仏さまの光りに出会えると説きます。
 仏教のおしえは、ファッションモデルや俳優の世界にも生きているのです。
 山口小夜子さんは、2007年、57歳で亡くなりました。

昭和53年 「資生堂練香水 舞」ポスター


28.青いお空の底ふかく、海の小石のそこのように、夜がくるまで沈んでる、昼のお星は眼にみえぬ。 見えぬけれどもあるんだよ、見えぬものでもあるんだよ、……

金子みすゞの詩 「星とたんぽぽ」より

 平成19年7月、金子みすゞの古里、山口県長門市仙崎町を訪ねました。金子みすゞの詩には、以前から関心があり、金子みすゞに関する書物を読んだり、金子みすゞを主人公とした朗読劇などを観たことがありました。金子みすゞの詩には、不思議な魅力があり、彼女の詩に魅せられる人は少なくありません。
 私の場合は、宗教の立場から見た金子みすゞの精神世界という点に関心があります。宗教の立場から、金子みすゞを論じた書物は一冊ばかりではありません。深い信仰を持った祖母の影響を受けた金子みすゞは、宗教的事象や心を詠んだ詩を数多く作っています。
 金子みすゞ記念館館長の矢崎節夫氏は、金子みすゞは「一如」の世界を詠んでいると評しています。一如とは、2つで1つとでも言えるでしょうか。
 私たちは、何事も2つに分けて考えますが、2つのようで、実は1つであることに気付いていません。それは別物であると考えています。しかし、別物であると考える人は、まだましです。2つあることに気付いているのですから。問題なのは、片方の存在にしか気付いていないことです。
 金子みすゞの「見えなくてもある」という詩のことばは、片方にしか気付いていないことへの警鐘となっています。金子みすゞは、「眼にみえない」ことのほうが、実は、眼に見えているものよりも大事なのだということを詠んでいます。
 では、「眼に見えないもの」とは、何でしょうか。
 「眼に見えないもの」とは、こころのはたらきのことであります。私たちの精神世界の領域は、顕在意識よりも潜在意識の領域の方が多いと言われています。顕在意識ばかりに気を取られて、潜在意識の存在にはなかなか気付きません。潜在意識は、潜在しているのですから、気付かないのは当たり前かも知れません。
 しかし、「一如」という考え方は、顕在と潜在意識を融合して生きることの教えであります。
 金子みすゞは、2つを融合して一如を生きたのではないでしょうか。2つが融合した一如の世界から生まれたのが、金子みすゞの詩であります。
 長門市仙崎町を訪れた私は、金子みすゞの精神世界の構造に、さらに深く惹きつけられたのでありました。


27.死ぬっていうことを知って生きるほうが、やりたいことが見えてくることだってあるんです。

種村エイ子  『いのちの教科書』−金森俊朗 より

 種村エイ子さんは、胃がんのため胃の全摘手術を受け、生存率は術後5年と宣告されました。そのとき、人間は必ず死ぬ存在だと知ったと述べています。
 死ぬことが「腑に落ちる」ということでしょうか。死を納得したということでしょうか。死を受け入れて生きるということでしょうか。これでは、表現が軽いように思いますが、種村さんのことばに納得するのは、私自身に経験があるからです。
 それは、臨死体験です。臨死体験について書かれた本を読んでいて、自分の体験が臨死体験であることを知りました。その本には、臨死体験をした人は、一様に生き方が前向きになるということが書いてありました。なるほどと思います。
 私は、臨死体験をしたとき、死ぬということはこういうことだなと思い、死ぬときは苦しみもなく、光りの中に入っていくのだなという実感を体験しました。死の一歩手前まで行ったと思われる瞬間での実感です。それは、死の疑似体験ということでしょうか。
 このことがあってから、私の生き方は、確かに前向きになったと思います。これまでは、目標もなく、のんべんだらりと生きてきたように思えてきました。臨死体験のあと、人に自慢できるものではありませんが、力を入れて取り組めるものが見つかると同時に、それが生きがいにもなりました。
 種村さんには、何があったのか分かりませんが、「死ぬっていうことを知る」体験があったのだと思います。それは、臨死体験であったかも知れません。死ぬことを知ることは、自分の限界を知ることでもあります。自分の限界を知ったとき、たとえ、ささやかであっても、その人なりの目標がはっきりするのではないでしょうか。そのとき、その人の人生が真剣になるのだと思います。 


26叱らないけど譲らない。

小松市 吉竹保育園園長 長戸英明

 長戸英明先生は、工学部出身です。サラリーマンから保育教育に転身して24年、6名からスタートした園児は、今では330人に増えました。
 「叱らないけど譲らない」という態度は、長年の子どもとのかかわりから得た至言であります。
 子育てには、忍耐と努力と知恵が必要です。
 現代の親は、これらのどれひとつ備えていません。
 子どもの言うがままになって、子どもの機嫌を取りながらの子育てになってしまっています。これでは、子育ては苦痛以外のなにものでもありません。そして、我慢できなくなった親の方が切れてしまって虐待ということが起こるのではないでしょうか。
 長戸先生は、子どものすることには必ず理由があるのだから、その原因を明らかにして、どうすれば良いか叱らずに教えてやればよい。しかし、譲らないことであるとおっしゃいます。子どもが守らねばならないこと、しなければならないことは、子ができるようになるまで辛抱して待つという妥協のない子どもとの接し方が大事だとお母さんたちに教えています。
 「叱らないけど譲らない」態度で子と向き合うことは、親として我慢の要るところであります。この我慢が、親を育てます。
 したがって、子は親に育てられ、親は子によって育てられるということではないでしょうか。
 長戸先生の至言は子どもとのかかわりの中から、子どもに教わったものであり、長戸先生も子どもによって育てられたということであります。子どもと謙虚に向き合う態度がなければ、見えてこないことであります。

25.人生から何をわれわれはまだ期待できるかが問題なのではなくて、むしろ人生が何をわれわれに期待しているかが問題なのである。
                                                                              

フランクルの『夜と霧』より

 今、地方は少子化や過疎化現象が目に見える形で進行し、地域が急速に力と活力を失いつつあります。そうした状況の中で、地方の人たちは、なすすべもなく、先行きの不安だけに心を取られて、これからどうなるのだろうとという気持ちだけが先走って、ビクビクしながら生きています。明るい話題もなく、状況が前向きにならない日々の中で、気持ちが沈み込み、生きる力が湧いてこないというのが生活実感であります。
 その気持ちは、人生が何か与えてくれるのではないかという、人生に対する甘えがあるからです。この甘えがある限り、生き方が好転しません。棚ぼた式の考えでは、満足すべき結果は得られません。むしろ、期待が大きいだけ、得られなかったときの失望には大きいものがあります。
 そうではなく、私たちは、与えられた状況の中で、せいいっぱいやってみることが大事なのではないでしょうか。棚ぼた式ではなく、行動を起こすことです。その行動が、どんなにささやかなものであったとしても、行動する人に希望をもたらすはずです。
 フランクルは、強制収容所の中で、希望を失った人がつぎつぎと死んでいく中で、希望を捨てることなく生き続け、生還しました。
 さて、私たちは、少子・過疎・高齢化という与えられた条件の中で、どんな行動を起こせるでしょうか。
 それは、その人の工夫しだいです。

24.われわれが生きている時代は、平和ではなく「見えない戦争」、「こころの内戦」でしょう。……まさに今が「有事」なのです。

 しんぶん赤旗日曜版−五木寛之

 戦争などのさしせまった事態が起こることを、「有事」と言います。
 今、日本では、自殺者が年間3万人を超え、子が親を殺し、親が子を殺す事件が頻発しています。日本は戦争をしているわけでもないのに、まるで戦時下であるかのように、毎年、人為的な死者がたくさん出ています。あたかも、何年も戦争を続けているかのように。
 こいう事態を、五木寛之さんは「見えない戦争」「こころの内戦」と述べています。
 仏教では、「六道」という、6つの迷いの世界があると説いています。
 その中に、「阿修羅道」という迷いの世界があります。「阿修羅道」は、血気さかんで、闘いを好む鬼が住む境界とされ、常に争いが絶えず、闘いの喧噪かまびすしい世界のことです。芝居や講談で激しい戦いの場面を「修羅場」と言い、能楽で、戦闘を筋とする脚本を「修羅物」というのは、「阿修羅道」に由来しています。源信の『往生要集』では、阿修羅道に住む者は、常にびくびくしながら生きており、少しの物音がしても、飛び上がるくらいに驚き、雷が鳴っても、天の兵隊が攻めてくる太鼓の音だと思って恐れおののくほどだと説いています。
 現代の私たちも、同じような状態なのではないでしょうか。常にびくびくしながら、小さな事でも必要以上に誇大解釈して、物事を大げさにし、そうしながらも自分の責任を避け、自分を守ろうとする行動に出ます。そして、他人を自分の領域に踏み込ませることはありません。それは、武器を使わない戦いであります。
 現代人は、こういう武器を使わない戦いの中にあります。この戦いは、目に見えるものではなく、各自の心の中に起こっている戦いです。
 年間の自殺者3万人超は、「こころの内戦」の犠牲者であります。そして、このことに気付いている人が少ないように思います。なぜならば、現代人は阿修羅道を生きているからです。「やられる前にやっつけろ」という理論が先導する社会では、弱者のことなど考えている暇がありません。その結果、当然のこととして弱者が切り捨てられ、顧みられることはありません。
 今、まさに有事なのです。 

23.本当に自分が責任をもつべき問題として考えなければ、具体的ないい知恵なんか浮かびません。H17.5.4

『看護婦が見つめた人間が死ぬということ』−宮子あずさ より

 会議などで提案があった場合、人によって反応がさまざまです。
 意見を持っていても、何も発言しない人がいます。その人は、新しい提案に関わりたくないと思っている人です。また、反対意見や消極的な発言をする人が、必ずいます。この人は、新しい提案に対して面倒くさいと思っている人です。その他、実現できそうにもない対案を堂々と開陳する人がいます。この人は、会議を混乱させて、新しい提案を潰してしまおうと考えている人です。さらに、賛成意見を述べるのですが、いざ提案を実行する段になったら、まったく協力しない人がいます。この人は、早く会議を終わらせたいと思っている人です。
 このように、会議は前向きなものになりません。したがって、せっかくの新しい提案も、それに関わる人にとって有意義なものとはならず、うやむやになってしまいます。
 ここに、現代人の考え方や取り組み姿勢の特徴が見られます。
 だれも、自分のこととして考えてくれません。他人に起こった問題は、自分の問題でもあるという意識がまったくありません。
 人間は社会生活をする動物でもあります。一人では、とても生きて行けません。
 社会生活を行う場合に必要な基本的認識は、社会で起こる問題は自分の問題でもあるという認識です。
 現代人は、社会生活を送りながら、社会に対してあまりにも無関心になっています。
 もめごとが嫌なので、他人に干渉しない。無関心でいる。しかし、そうやって一生を過ごせるものではありません。
 こんなことは、誰でも分かっているのですが、やはり無関心でいる方が楽だと考える傾向が、現代人には強いようです。

22.自分が大切なら人も大切なんや。H17.4.21

女優 新屋英子

 新屋英子さんは、白いチマ・チョゴリを着た在日ハルモリが、苦難の人生を語りかけるという内容の一人芝居を2,000回演じています。この芝居を演じるきっかけになったのは、在日朝鮮人女性の生活を聞き取った一冊の記録本でした。その本と出会うまでの新屋さんは軍国少女で、女性軍属にあこがれていたそうです。
 記録本と出会った新屋さんの世界観は一変しました。「日本は、こんなひどいことをしたのか。むごい、と。これまで全く知らなかった侵略と差別の事実に体がふるえる思いだった」と、新屋さんは語ります。
 それ以来、新屋さんは記録本の内容を自ら脚色して芝居に仕立て上げ、全国の小中学校などでの上演を重ねて来ました。
 新屋さんは、この一人芝居を演じ続けることをとおして、「自分が大切なら人も大切なんや」ということをしみじみ思うようになりました。
 北朝鮮の拉致問題、韓国・中国の反日デモなど、東アジアはくすぶりつづける問題をかかえています。
 なぜ、くすぶりつづけるのか?
 自分のことしか考えないからです。「人も大切なんや」という意識が欠けているからです。
 新屋さんは、「人も大切なんや」ということを、芝居をとおして訴えています。
 新屋さんの訴えは、仏教で説く「慈悲」の心を持ってほしいということです。「慈悲」の心がなければ、人は永遠に仲良くなれないのです。


21.誰の心にも”生木”がある。H17.3.1

女優 市原悦子

 市原悦子さんが出演する老親介護ドラマの中で、義父をあずけた老人ホームの主任が言う「老人は枯れて死んでいくんじゃない。長い間抑えていた人間の”生木”が出てくるのです」という台詞を受けて、市原さんがインタビューで述べたことばです。
 ”生木”とは、人間の三大欲望である「性欲」「食欲」「睡眠欲」のことでしょう。年をとってまで、これらの欲望にとらわれることは「みっともない」という感覚が昔からあります。老人が性欲にとらわれたり、食べることにこだわるのは「老人らしくない」という感覚です。そして、老人の欲望にとらわれる姿を嫌悪する気持ちがあります。老人への虐待は、この「みっともない」という感覚からも起こるのではないかと思います。
 したがって、「みっともない」という感覚から抜け出さないと老親介護はできません。
 市原悦子さんは、「誰しも心に”生木”がある。許せれば楽なのに、許せなくて。だけど心が少し触れ合って、お互いに認めあえることってあるんですね。そんな千尋に、私も救われました」と言います。「千尋」とは、市原さんが演じた嫁の役です。
 市原さんは、老人介護に必要なことは「お互いに認め合うことだ」と言います。人間は老いも若きも、”生木”を持っていることに変わりはありません。そういう存在でありながら、お年寄りの”生木”はけがらわしいと決めつけるのは、若い人たちの身勝手です。
 やがて、自分も老いを迎え、老いても”生木”とつき合わねばならない苦しみと直面します。そうなったときの自分を考えてみれば、一方的な見方は現実的でないことが分かります。
 「分かり合う」という優しさが求められる時代であります。

20.公平であることとは、同じ大きさの思いやりをもって接したときに感じるものです。H17.2.22

小学校教諭 松田 満

 えこひいきは、学校ばかりでなく、家庭でも会社でも起こります。ひいきする側は、同じ尺度で相手を見ません。相手によって尺度を変えます。差別問題は、そこから生じます。
 人の持つ能力は、さまざまで同じではありません。共通点のない人たちとつき合うことは、大変なことです。その大変な状況の中に、誰もが置かれています。そして、それは普通にある状況です。それに気づかず、「同じ」にこだわるため、人間関係に摩擦が生じます。
 「公平」とは、一様とか一律ということではありません。それは、不公平につながります。その人の持つ能力や置かれた状況や環境は、人それぞれです。その異なった条件に見合った思いやりをかけることが、「公平」ということです。
 「同じ大きさの思いやり」とは、形は異なるけれども、大きさが同じということです。その人に応じた「思いやり」を、他の人と同じ量だけかけてあげることで、同じでない人たちといっしょにいることができます。「ばらばらでいっしょ」ということは、そういうことです。
 そうなるために、自分の中にいろいろな形の「思いやり」を持たねばなりません。そして、それを入れておく大きな入れ物としての心も必要です。
 仏さまの「大悲」とは、どんな人にも対応できる思いやりの詰まった大きい心のことです。その思いやりを持って、「一切衆生」と呼びかけてくださるのが仏さまであります。
 私たちは、人に思いやりをかけることがあります。反対に、思いやりをかけられることもあります。そのほとんどが一方通行になってしまいます。思いやりをかけられた方が、「うるさいな!
」とおもったり、「またか!」と思ったりして、なかなか心が相手に通じません。それは、心の入れ物が小さいからです。その人に見合った思いやりを持ち合わせていないからです。少ない持ち合わせで対応しようとすると、うまくいきません。
 仏さまの大きな心を持てば、どんな人にも対応できます。そして、そこには差別も生じません。 


19.私の世代は常に本気で考え真剣に生きてきた。それは人生に対する基本の姿勢である。H17.1.13

佐藤愛子著の『不敵雑記』より 

 佐藤愛子さんは、大正12年生まれである。ということは、第2次世界大戦の戦中を含めて戦前・戦後という波乱の時代を生きた世代ということになる。そういう動乱の時代を生き抜いてきた世代にとって、現代の若者の傾向は、なんとも軽いように見受けられる。人生に対する真剣さが足りないように見受けられるのである。
 しかし、そういうふうにしてしか生きられないというのが現代の若者の本音なのかも知れない。大人たちは自分たちの利益を優先して、いつまでも引退せず、若者に仕事を回さず、権限も与えず、チャンスも与えない。そういう現実の中で、「やってられっか!」という若者たちの気持ちの反動が、軽薄そうに見える行動に表れているのかも知れない。
 そうかといって、大人たちにとっても、定年後の長い人生を生きるためには稼がねばならない。「若い者には申し訳ないが、背に腹は変えられない。」という大人たちの声が聞こえて来そうでもある。
 人が悪くなったのか? 時代が悪いのか? とにかく、人生を真面目に考えているものがバカを見る時代になってしまったことだけは確かである。

18.ワレイマダモッケイタリエズ H17.1.1

北國新聞「時鐘」欄より

 今年は、酉年です。1月1日の地元紙「北國新聞」のコラム欄に、酉年にちなんだ話題として「ワレイマダモッケイタリエズ」という一文が載りました。この一文は、かの大相撲の双葉山が、70連勝を前にして安芸の海に敗れたとき、友人に打電した電文です。
 相撲に負けた双葉山は、横綱が持つべき3つの条件としての「心」「技」「体」のうち、「心」がいまだ十分でなかったことを痛感しました。そのとき、双葉山の頭に浮かんだのが、「モッケイ」=「木鶏」のエピソードでした。「木鶏」の話は、『荘子』に出ています。「木鶏」とは、木で作った鶏のことです。木で作った鶏は、心がありませんから、何事が起こっても動揺することはありません。平然としています。この「木鶏」のように、何があっても、あわてずさわがず、落ち着き払って物事に対応していける心の状態のことを、「木鶏の心」と言います。
 双葉山の心は、70連勝を前にして動揺しました。そして、動揺したことで、心にスキができ、そのことが原因で負けてしまいました。その反省が、「ワレイマダモッケイタリエズ」という電文になったのです。
 私たちの心は、四六時中、揺れ動いています。「木鶏の心」どころではありません。一つ一つの物事に対して、泰然自若していることなど、とても出来るものではありません。出来ないがために、無駄なエネルギーを浪費して、青息吐息の状態で毎日を生きているというのが現実です。
 旧来の価値観が崩れ、多様な価値観が横行している現在、どの価値観に従えばよいのか分からない時代です。こういう時代であるからこそ、「木鶏の心」をさとり、常に冷静に行動することが求められます。
 そうしたとき、迷うことのない自己本来の命を生きることが出来るのではないかと思うことであります。

17.現状維持も努力の証 H16.12.2

生徒指導講演会「これからの生徒指導−教師の意識改革−」より
渡辺芳昭(中能登教育事務所指導課指導主事)

 景気回復の兆しも、はかばかしくなく、社会の治安も良くならず、人間の醜い争いばかりが露呈している現在の社会状況は、現状維持さえも難しい無力さを感じさせます。そんな状況の中で、好景気を夢見ながら、昔は良かったと嘆き、世の中は狂っていると批判しても、現実は少しも良くなりません。
 現代人には、自分を取り巻く現実を直視し、そこに立って物事を始めようという意識が希薄です。現実から逃げよう逃げようとしているばかりです。これでは、一向に事態は好転しません。
 そんな時、「現状維持も努力の証」と考えるのが一番現実的です。まず、これ以上、悪化させない努力をすることです。それが、「現状維持」ということです。といっても、現状を維持し続けることは簡単なことではありません。相当な努力が要ります。そして、現状を維持し続ける努力を怠りなく続けて、浮上の機会を待つということでしょうか。
 したがって、良くもならないけど、悪くもならないという状況は、努力を続けていることの証明ということになります。
 仏教用語で言うところの、「不動」とか「不退」ということばを想起させます。
 

16.私は、自殺したくってしている人が多くいるとは思いたくない。この世から、追い出している人がいる。 H16.11.24

鼎談「人間の死とその周辺」の中での発言より
松田章一(金沢学院短大教授)

 松田章一先生は、上記のことばのあと、「夫であったり、妻であったり、恋人であったり、兄弟であったり、肉親であったりですね。そういう追い出している部分を考えないと、自殺の問題は簡単にいかないと思います」と続けています。
 日本の年間自殺者が3万人を超える現在、自殺は他人ごとではありません。日本人は、いつ自分が自殺したくなるかも知れない状況下にさらされています。そんなとき、最も頼りになるのが身近にいる人たちの存在です。身近にいる人たちの心の支えもなくなったときに自殺が起こることななるのでしょう。したがって、自殺者が出たということは、その責任の一端は身近な人たちにもあるということになります。
 自殺者が多いという社会現象は、社会の人間関係が希薄であるということの結果でもあります。極端な言い方をすれば、自殺者3万人がでる責任は、日本人全体にあると考えるべきであります。


15.自分が生きることは人を生かすことだ。 H16.9.7

「仏教超入門」(白取春彦)より 

 現在、日本の年間自殺者は3万人を超えています。
 
仏教で説く「四苦八苦」の中に、「怨憎会苦」という苦しみがあります。恨めしく思う人や憎らしく思う人とも会わねばならない苦しみのことです。私たちが社会生活を送る中で、気に入らない人とか気の合わない人はいるものです。そういう人と、没交渉で生きられれば楽なのですが、その人と一緒に仕事をしたり、話をしたりしなければならない時があるのが人生というものです。その時の苦しい気持ちを「怨憎会苦」と言います。
 気に入らないことを理由に、人を殺すことがあります。しかし、自分にとっては気に入らない不必要な存在かも知れませんが、ある人にとっては大切な人であるはずです。逆に、自分の方が排除してやりたいと考えられている存在になっている可能性は十分にあることです。
 このように考えると、気に入らないから排除したいと考えることは、まったく自分勝手な妄想であることが分かります。
 排除するよりも、受け入れることで「怨憎会苦」から逃れられます。気に入らない人も、自分を育てるために役立ってくださっていると考えることで、嫌な人を受け入れることができます。そのことで、人は深い心を持った人格に育って行くのです。世の中が、すべて自分に都合のよい人間ばかりならば、かえって自分という人間がダメになってしまいます。
 だから、生きることに希望を失って、苦境を逃れるために自殺したりすることは、好ましいことではありません。どのような迷惑をかけてでも、生きていることだけで、誰かの役に立っているのです。
 人に嫌われても、そのことでガッカリする必要はありません。嫌われても、信念にもとづいて行う行為は、必ず誰かを生かすことに貢献しています。


14.恥を知るが宝なり。 H16.9.5

仮名法語集より

 たくさんの僧侶が集まっているとき、鈴木正三が「人間の心の中に持つべきもので、最も宝となるものは何か」と問いかけをしました。
 ある僧は、「智慧が宝だ」と答えました。別の僧は、「慈悲が宝だ」と答えました。また別の僧は、「菩提心が宝だ」と答えました。
 これらの答えに対して、鈴木正三は、「これらは、みな宝に違いないが、今あなた方の心の中にあるものを述べた答えではない。今、心に持つべき最も大切な宝は、恥を知るということである」と諭しました。
 今、世界では、対立による争いが絶えません。血で血を洗うすざまじい紛争やテロ行為が頻発しています。また、国内では、犯罪の多発で、その対応に追われる警察の検挙率は20%あまりに過ぎません。80%弱は、未解決のままです。私たちは、このような時代社会を生きているのです。そして、大部分の人は、このような事情を知っていて、困ったことだとは思っていますが、自分の問題としては考えていません。他人事としてとらえています。
 今、私たちに必要なことは、たとえ自分に関係なくても、犯罪の多発する時代を生きているということだけで、自分にも責任があると考える心を持つことではないでしょうか。他人のしでかすことを恥ずかしいことだと思うのではなく、その他人に関わって助けてやれない、助けようとしない、その問題から逃れようと考える利己的でいる自分を恥ずかしく思うことではないでしょうか。


13.苦境を味わう気持ちになったとき、すでに問題は解決に向かっている。 H16.7.24

近所の公民館にかかっているカレンダーのことばより

 「苦境」とは、まさに現代を表す象徴的な言葉です。現代人は、複雑化して変化の速度を速めている時代の状況のなかで、それに追いつくために必死になってもがいています。どれだけ頑張っても楽にならないし、先も見えません。そんな閉塞状態を「苦境」と言わずして何と言うのでしょうか。
 現代人の「もがき」は、閉塞的な状態から脱出するための「もがき」です。問題から逃れたいがための「もがき」です。
 しかし、問題から逃げずに、「苦境を味わ」うという方法もあるのだよと教えるのが上記のことばです。「苦境を味わう」覚悟ができれば、問題は解決に向かっていると言うのです。
 「苦境を味わう」とは、苦境から逃れようとせずに、苦境を受け入れるということでしょう。苦境を受け入れるということは、「あるがまま」ということです。「自然」ということです。どんな状況でも、自然体で受け止めることができれば、すでに「苦境」を脱しています。苦しみを感じません。
 このような、ちょっとした心の展開が、心の健康をもたらすのではないでしょうか。
 自殺者が3万人を超えたという新聞報道がなされる不景気の時代を生き抜く智慧は、こんなところにあるように思います。


12.戦争は、私の大事なものをすべて奪った。今の時代も同じかも知れないね。お金が人の心を奪ってしまった。

映画「アユの物語」より

 援助交際をしてお金をもうける女子高生に対して語った戦争未亡人の老婆の言葉です。
 一人の人間には、その人なりの人生とそれにまつわる物語があります。そして、一人の少女にも同じ事が言えます。人は、好むと好まざるにかかわらず、大きな流れに引きずり込まれるということもあります。また、一つのきっかけが転落の発端になるということもあります。
 そして人間は、自分が陥った状況の中で、あるものは何もできずに、またあるものは愚かな生き方を繰り返し、その状況から抜け出せずにもがいて生きています。
 しかし、愚かな生き方しかできない人間でも、実は、みんな真実を求めて生きているのだということを、この映画を見て知りました。
 犯罪を犯した人も、真実を求めて生きた結果が犯罪につながったということであろうし、虐待する親にも真実を求める心が息づいています。真実を求める過程において、人に迷惑をかけたり、我が子を犠牲にしてしまったということなのです。
 人に迷惑をかけねば生きてゆけない所に、人間のおろかさがあります。
 他人事ではありません。

11.人間は醜いものなんだ。でも、人生は美しい。

ロートレック(フランスの画家)

 日曜日の午後、なんとなくNHKテレビを観ていたら絵画の番組を放送していました。私は、画のことはよく知らないし、また分からないのですが、一枚の絵画がどのようにして描かれて、何を表現しているのかなどと解説があり、それが門外漢には分かりやすかったので、そんなものかなどと納得もしながらも観ていました。そして、ロートレックの画の解説になったところで、彼が残したことばの紹介がありました。そのことばが「人間は醜いものなんだ。でも、人生は美しい。」でした。
 そのとき思ったことは、画家の目と宗教家の目は同じだということでした。親鸞聖人は、主著「教行信証」の「信の巻」やご和讃「愚禿悲歎述懐」で、徹底的なご自身の人間としての醜さを吐露しました。そして、その深い人間認識に立ったとき、親鸞聖人は如来の光に出会われました。
 画家のロートレックの目も、親鸞聖人と同じく人間の醜さに向けられました。そして、ロートレックの目も、醜さの中にある人間の真実を見逃しませんでした。それを、ロートレックは描きました。醜くも愚かでもの悲しい人間。しかし、ロートレックは、そんな人間の生き様の中に見え隠れする「美」というものを発見し、描こうとしました。
 そこで、思いました。ロートレックは、人間の真実を画に描きましたが、私たち僧侶の仕事は、ロートレックが描いたものをことばで表現することだということです。そして、ロートレックの画が多くの人の心を打ったように、私たち僧侶は、人々の心を打つことばで語らねばならないということでありました。
 

  お通夜の法話の中で、参詣の方々に問いかけた僧侶のことば

10.あなた方は、今、空念仏を称えて、なんとなく手を合わせて拝んでおられるが、やがてあなた方が拝まれる身になることを考えたことがありますか?

 お通夜にお参りする場合、故人とは何の関係もないのだけれど、会社勤めの関係とか、仕事の上での付き合いとか、世間の義理を果たすためなどと義務的にお参りするということがあります。そういう人に限って、お通夜の会場で、知り合いを見つけて談笑したり、久しぶりに会った知人を見つけて話し込んだり、早く終わらないかなどとお通夜にはふさわしくない態度でお参りしがちです。
 上記のことばは、そういう心のこもらい参詣態度を戒められたことばです。このことばを聞いた参詣者は、一瞬驚いたことと思います。しかし、しばらくすると、また別のことを考え始めたことでしょう。しかし、怠惰な心をチクリと刺すことばだと思いました。すぐ忘れられてしまっても、そのときの心の痛みを、どこかで思い出すということがあるのではないかと思ったことであります。

ある住職

  ある葬儀の控え室で

9.歳をとると、友達は失っていくばかりで、新しい友達が増えるということはない。だから、今の友達を大事にしなければならない。

僧侶の世話をされた年輩のお父さん

 ある人の、何気ないことばから、「なるほど」と納得させられることがあります。
 それが、上記のことばです。このことばは、葬儀のときの僧侶控え室係をされたあるお父さんが、私たち僧侶に何気なく語られたことばです。それが、私の心に残りました。何気ないというところに、真実を感じたわけです。そして、控え室係のお父さんの、まぎれのない生活実感だとも感じました。
 このことばは、友達が多かった若かった時代を懐かしんで現在をかこつということもなく、また未来の不安をぐちるということもなく、今を大切に生きることが最もよい生き方であるという、まぎれのない真実を語っています。どちらにも偏らない態度は、いさぎよい生き方だと感じました。正しい生き方を説くことばに、「あるがまま」とか、「中道」とか、「一如」などということばがありますが、まさしく、これらの教えに通じる真実を語ったことばだと感じました。
 そして思ったことは、真実はお寺ばかりではなく、一般在家生活の中にどれだけでもあるということであります。私たち僧侶は、経典の中にだけ真実を求めがちですが、一般在家生活の中から真実を学び取るという姿勢も持たねばならないということを教えらたことでありました。

  高知競馬場で
8.負けることに負けない姿に感動しました。

ハルウララ(7歳牝馬)の100連敗目を観戦した女性

 これまでの出走回数が99回。1度も1着になったことがありません。悲願の1着を目指して臨んだ100レース目。このレースは、ハルウララが1番人気となりました。4コーナーを回ったところまでは混戦状態。好位置につけたハルウララに勝機が訪れたかに見えましたが、直線で伸びず、10頭中9着の惨敗。100敗目を喫しました。念願の1勝は、またしても次回のレース持ち越しとなりました。
 この日の高知競馬場は、99連敗中の話題のハルウララを一目見ようと4、700人のファンが入場しました。しかし、ファンの期待もむなしく、1着とは10馬身という大差でのゴールで、場内のファンから大きなどよめきと拍手が起こりました。負けても走り続けるハルウララへの感動のどよめきと拍手でした。
 レース後の観客のインタビューで、「ハルウララに勇気をもらいました。」と答えたファンがたくさんいました。そして、ある女性が、「負けることに負けない姿に感動しました。」と答えたのです。
 私たちは、負けることが嫌で挑戦をあきらめたり、失敗を恐れて行動しないということがあります。それは、行う前からすでに負けている姿です。
 ハルウララは、私たちに、「負けてばかりという人生もあるし、失敗ばかりの人生もあるのだよ。それでも挑戦し続けることが尊いのだよ。」と教えてくれました。
 この生き方は、お念仏の信仰にも似ています。私たち煩悩の凡夫は、ハルウララと同じで駿馬ではありません。駄馬は、駿馬にはなれません。駄馬は駄馬のままです。しかし、駄馬は駄馬に徹することで、「負けることを恐れない強さ」を身につけました。
 お念仏の信仰も、凡夫に徹することで目覚めた、ダイヤモンドのような堅固な心の境涯です。


7.「業」があるさかい、出さしてもろうたと思うております。

森おばあちゃん(志賀町矢駄の妙好人)

 森さんは、あちこちの法座に招かれたり出かけたりして、お聴聞したり聞法していらっしゃる熱心な念仏者です。いつでも、どこででも、「なんまんだぶ、なんまんだぶ、……」とお念仏を唱えられておられます。
 舘開地区で行われた歓喜光院殿御影御崇敬の流れお座にお参りしたとき、初めてお会いしました。西本願寺門徒だそうです。その場には、私を除いて2人の法中も来られていました。
 お参りが始まる前の雑談で、A住職さんと森さんとの間で信仰問答が始まりました。話が「業」に及び、森さんは「この歳になっても、業からは抜けきれない。」とおっしゃいました。それを受けたA住職は、「それでは信心が足りない。」と言いました。A住職のこのことばを受けた森さんは、「業があるさかい、出さしてもろうたと思うております。」と応えました。住職は、グーの音も出ませんでした。
 このやりとりを聞いていて、私は、ハッとさせられました。これまで、信仰というものをきれい事でしか考えていなかったような気がしたからです。信仰というものを、断片的にしか受け取れていなかった自分に気づいたからです。
 そして、森さんの話を聞いて、なまの「信心」というものを見せてもらいました。そしてさらに、これまで、信仰について書物で得た知識しか持たなかった自分にも気づかせていただきました。 11月9日

6.広島は「怒り」で、長崎は「祈り」だと言われています。

バスガイド 中村さん(西鉄バス)

 10月14日から4日間、高校2年生の修学旅行隊を引率して長崎を訪ねました。バスガイドさんが、長崎に投下された原爆について説明している中で言われた言葉です。
 こういう問題について、今まで考えたことが無かったので心に残りました。
 毎年、広島では8月6日、長崎では8月9日に原爆犠牲者の追悼式典が開かれています。その際、各市長がメッセージを読み上げます。そして、その様子がテレビでも放送され、それを今までは何となく見ていました。
 追悼式典は、亡くなった犠牲者を偲ぶ行事であると同時に、原子爆弾に対するメッセージを発信する機会ともなっています。また、広島と長崎の原爆反対に取り組む姿勢の違いというものもあるでしょう。また、どちらも爆心地は公園になっていますが、広島では「平和記念」と書き、長崎は「平和祈念」と書くのだそうです。
 このようなことから、広島は、原爆投下に対する怒りを表すことで、原爆反対のメッセージを世界に発信し、長崎は戦争のない平和な世界を祈るという視点から、原爆反対のメッセージを世界に発信しているということになるのだそうです。
 どちらが良いか悪いかを言うのではありません。
 この地球上では、一向に戦火が衰えの気配を見せません。そうであるがゆえに、戦争反対のメッセージは発信し続けなければなりません。
 メッセージ発信の仕方には、色々な方法があるのだと気づかされました。

5.「いつも『ぼくらの漫才は1着にならんとこ』と言い合っていました。」

漫才師 喜味こいし

 上方漫才の巨星・夢路いとしさんが9月25日に亡くなりました。78歳でした。
そして、弟の喜味こいしさんが記者会見で「いつも『ぼくらの漫才は1着にならんとこ』と言い合っていました。」と兄夢路いとしさんとの漫才コンビ60年の思い出を語りました。
 誰でも1番になりたい気持ちはありますが、たとえ1番になれたとしても、1番であり続けることは並大抵のことではできません。それは、勝負事の世界ばかりでなく、どんな世界でも同じことです。
 夢路いとしさんと喜味こいしさんの漫才は、逆に「ぼくらの漫才は1着にならんとこ。」と話し合いました。1番であり続けることの困難さを知っていたからです。そして、この兄弟は、約束を守り通すことで60年間もコンビを続けることができました。
 「退一歩」ということばがあります。一歩退いて、ものごとを考えてみるという意味です。「1番でありたい。」という気持ちが、1番になれたことで、「1番であり続けたい。」という気持ちに変わります。そして、それが思いこみに変わり、思いこみの迷路にはまり込んで抜け出せなくなってしまいます。そうなると、壁にぶち当たり挫折を味わうことになります。夢路いとし喜味こいしの漫才も、そういう挫折の時期があったのではないでしょうか。
 その時、漫才界の1番であり続けることよりも、2番・3番の方が肩の力が抜けて、かえっていい仕事ができることに目覚めました。
 今、日本はなんだかおかしな方向へ進んでいます。政治・経済・社会などの時々刻々と起こってくる問題は、ある種の思い込みにより、迷路にはまり込んでしまった日本人の苦し紛れのもがきやあがきから起こっているような気がします。
 こんな時代だからこそ、「退一歩」して、ものごとを見つめ直してみるということも一つの方法ではないでしょうか。そうすれば、解決策が見つかるということもあるんだよということを、夢路いとし喜味こいしの漫才が教えてくれているような気がします。

4.「迷った時、俺なら前へ進むよ!」

阪神タイガース監督 星野仙一

 広島カープ在籍の金本知憲選手を阪神タイガースにトレードした時、星野仙一監督が、金本選手に言ったことばです。
 金本選手は、このことばで阪神タイガース入団を決断しました。
 金本選手は、迷っていました。広島カープには、世話になった恩がある。広島を捨てることは、恩を仇で返すことになる。しかし、広島に居ては、思い通りの野球ができず、なかなか目が出ない。新天地を求めたい気持ちはあるが、決断できない。悶々としたものを抱えていました。
 そんなとき、星野監督の「阪神タイガースに来ないか?」という誘いがありました。星野監督は、野球の壁に突き当たって悩んでいる金本選手に、新天地を用意しました。しかし、それでも金本選手は決断できませんでした。
 そのとき、星野監督は、「迷った時、俺なら前へ進むよ。」と金本選手に言いました。
 このことばで、金本選手は吹っ切れました。「よし、前へ進んだるんや!」
 しかしながら、金本選手には、阪神タイガースへ移籍しても、自分の活躍の場があるのかないのか、その保証はありません。さらに、世話になった広島に別れを告げるということは、いわば後に引けない退路を断つ選択でした。留まっても保証はない。まして、進んでも、どうなるか分からない。まさしく、善導和尚の二河譬喩の行者の迷いを彷彿とさせるエピソードであります。
 金本選手の決断は、間違っていませんでした。それによって、今までの色々なしがらみを超えることができました。その結果、野球に集中することができるようにもなりました。
 そして今シーズンの金本選手は、阪神タイガースを18年ぶりの優勝に導く立て役者となりました。
 親鸞聖人は、「…他力にこころを投げて信心深くば、それこそ願の本意にてはそうらわめ…」と『歎異抄』で述べています。まさしく、金本選手の決断は、「他力にこころを投げ入れる」選択でした。そして星野監督の「阪神へ来んか?」の一言は、金本選手にとって、紛れのない西方浄土から召喚する阿弥陀さまの一声となりました。


3.「大人になるということは、人から愛されるようになるのではなく、誰でも愛せるようになることです。」

「いわさきちひろ展」(石川県立美術館)より  いわさきちひろ

 ちひろの絵の中のこどもたちは、一様に無表情です。無表情であるがために現実的ではなく、そのことがかえってファンタジーな雰囲気を絵の中に醸し出しています。ちひろは、子どもたちの一瞬の動きを切り取り、表情を無表情に描くことで、純粋で夢のような子どもの心の世界を表現しました。
 かといって、ちひろは現実から逃避して生きていたのではありません。絵を描きながら、結婚もし、子どもを育て、そして姑などの面倒も見なければならない生活者でもありました。ちひろは、絵を描くために生活を犠牲にすることはありませんでした。もちろん絵と生活のはざまで、どちらに重点を置くか悩んだようですが、ちひろの出した結論は、生活を積極的に受け入れることでした。そのことで、かえってちひろの画業と画風がより確かなものになって行くと同時に、「大人になるということは……誰でも愛せるようになること」という境地にも達しました。
 ちひろは、面倒くさい現実を遠ざけるのではなく、むしろ積極的に受け入れることで、広い心の世界を拓いたのです。
 そして、「誰でも愛せる」心は、仏さまの心でもあります。
 仏さまの心で描いたからこそ、ちひろの絵は人々の心を打つのでありましょう。
 また、作家の田辺聖子は「愛する、ということこそ人生の主役であって、そこへくると愛されるってほうは、人生の脇役にすぎない。」(『人生は、だましだまし』)と述べています。言い方こそ違いますが、同じ真理を述べたことばとしていただきたいものであります。


   「無責任男」をやることに抵抗を感じた植木等が、父に相談した。父は「スーダラ節」の歌詞を見て、
2.「『分かっちゃいるけどやめられない』なんてのは人間の真理で、親鸞の教えにも通じるものがある。やればいいじゃないか。」

  平成15年9月3日 讀賣新聞「こころの四季」より  植木 等

 「歌は世に連れ、世は歌に連れ」と言うように、時代と歌には密接な関係があるようです。
 日本が高度経済成長を続けていた時代、サラリーマンたちは会社のためにモウレツに働きました。その時、「スーダラ節」が生まれました。
 「スーダラ節」は、モーレツ社員たちに大歓迎され、映画まで制作され、「無責任」ということばが一世を風靡しました。
 モウレツ社員たちのおかげで、日本は、経済大国の仲間入りを果たしました。その一方、無関心・無感動・無気力などの3無主義とか5無主義という時代の副産物を生み出しました。
 どうもこの頃から、日本人はおかしくなったようです。「分かっちゃいるけどやめられない」状態が、どんどんエスカレートし、現在では「訳も分からず止まらない」状態になっています。
 このような状態になったのを歌のせいにするつもりはありません。
 「スーダラ節」の流行は、時代の予兆であったのかも知れません。
 そして、植木等のお父さんは、そういう時代の流れを読んでいたのでしょう。 


1.「よいことは、人に知られないようにやりなさい。悪いことと同じですな。」        

「養老孟司の<逆さメガネ>」より  養老孟司  

 人には、人に知られるために良いことをしようとする傾向が、往々にしてあります。そして、そのことを知ってもらうための行いもします。
 たとえば、人に話して自慢することです。本人には、自慢する気持ちがないかも知れませんが、無意識のうちに功名心が働いてしまいます。これでは、純粋な「良いこと」にはなりません。
 純粋な「よいこと」は、無償でなければなりません。見返りを期待しない、求めない行いが純粋な「よいこと」です。
 この意味では、仏さまの救済の働きこそ、無償の行いです。仏さまは、私たちが救われることを願われていますが、救ったその見返りまでは求めていません。
 ここまで考えて気づいたことですが、私たちは、はたして仏さまの私たちに対する無償の働きに気づいているでしょうか。
 ほとんどの人が、気づいていないのではないでしょうか。
 何かよいことをするのを考えるのも大事ですが、私たちに働きかけていてくださる無償の行いにも目を向けて見るべきではないでしょうか。